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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)3099号 判決 1978年7月20日

控訴人

学校法人白萩学園

右代表者理事

渡辺貞一

右訴訟代理人

松田奎吾

鈴木重文

被控訴人

崔炳淳

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金六〇万円及びこれに対する昭和五〇年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人主張の原判決事実摘示請求原因1のうち更新料支払いの約定がなされた事実を除くその余の事実及び被控訴人が控訴人に対し控訴人の主張の右約定の更新料の支払いをしない事実は、当事者間に争いがない。

二本件賃貸借契約における更新料の支払いの約定の存否について判断する。

(1)  甲第二号証の賃貸借証第一二条第二項には「尚、乙(被控訴人)は店明渡し時又は期間満了時賃貸借物件の償却費として一、金六拾萬円也を甲(控訴人)に支払うものとす」と記載され、右記載のうち「店明渡し時又は期間満了時」との記載は「期間満了の際」との印刷された不動文字を抹消して記載したもの及び同「六拾萬」の記載は「金〇円」との不動文字の間に記載されたもので、右の訂正及び加入を除く部分は印刷された不動文字で記載されていることは同号証の記載自体から明らかであるところ、被控訴人は同号証中なお書き記入部分の成立を否認し、その余の部分の成立は認めている。原審における被控訴人本人は、本件賃貸借契約を締結するにあたり、被控訴人は加賀章議に仲介を依頼したものであるが、同仲介人から更新料の約定について何らの説明はなく、同号証は契約締結の際に当初作成された契約書二通のうち賃貸人が保有したものの一通で、賃借人である被控訴人が保有した一通は後日控訴人において書き替えるからといつて被控訴人から回収されている。同号証は弁護士松田奎吾法律事務所で控訴人理事眞庭、被控訴人の仲介人加賀との間で作成されたもので、被控訴人は同所に同道したにすぎず、被控訴人は加賀の説明するところにしたがつて作成されるものと思つており、当初調印された右契約書第一二条のなお書きのうち「六拾萬」の記載はなく、また「期間満了の際」との不動文字部分は抹消されたままになつていた。右調印後右事務所を退出しようとして、調印が行なわれた畳敷から靴を履こうとしていたところ、右眞庭は加賀を呼びとめ調印ずみの契約書を回収し、同人の間で何か相談をして契約書に書込みをしたことがあり、同号証中第一二条の書込みが現存のようになつているのはその際に書き込まれたものである。被控訴人は加賀からその後も更新料につき説明を受けてはおらず、右の更新料に関する記載は被控訴人の与かり知らないところであり、被控訴人の意思に基づくものではない、と供述し、原審における証人加賀章議の証言とこれにより成立を認める乙第二号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める乙第三号証には前記被控訴人の供述に沿う部分がある。しかし、右証人加賀の証言及び同人が記載した乙第二号証(乙第三号証は本訴が提起されて作成されたもので乙第二号証と同趣旨の要約であり、同一の意図のもとに作成されたものと認められる。)は、当審における控訴人代表者尋問の結果によると、被控訴人が控訴人から更新料の支払請求を受けたのに対し、その支払いを免がれるために本件賃貸借契約締結につき被控訴人の仲介人となつた加賀章議に更新料のことを被控訴人に告げなかつたこととするように強請し、そのため加賀章議の営む不動産業の営業を遂行するに支障をきたすように諸種の圧力を加え、本訴を提起されるや右の強請に沿う証言を強要し、ひいては乙第二号証の書面をも作成させて本訴における証拠方法として援用提出したものであり、当審における右証人加賀章議及びその妻君江が尋問のための呼出しに応じないのは右の点に関し被控訴人と関わりあいをもつことを嫌忌したことによるものと認められる。右控訴人代表者の供述は、本訴の原審及び当審における訴訟の経過及び原審及び当審における訴訟の経過及び原審及び当審における証人眞庭一郎の証言により契約書第一三条中「六〇万」の記載部分が被控訴人の意思に基づき作成されたものと認められ、その余の部分の成立につき当事者間に争いのない甲第一号証(甲第五号証の三は右の写しである。なお、前掲証人眞庭一郎の証言によると同号証はさきに作成された甲第二号証の趣旨を確認したものと認められる。)が作成されている事実から首肯しうるところである。したがつて前掲乙第一及び第三号証の記載並びに証人加賀章議の証言中被控訴人の供述に沿う部分はとうてい採用することはできず、また前掲被控訴人の供述自体も原審及び当審における証人眞庭一郎の証言に照らし措信することはできず、同証言によると甲第二号証は眞庭一郎、加賀章議、被控訴人の三者の間で被控訴人の意思に基づいて作成されたものと認めるのが相当である。そして、右甲第一ないし第三号証並びに前掲証人眞庭一郎の証言及び控訴人代表者尋問の結果によると、被控訴人は控訴人に対し契約を更新する場合に更新料として金六〇万円を支払うことを約した事実が認められる。

(2)  もつとも、前掲甲第二号証が作成された当時に作成された成立に争いのない甲第三号証には被控訴人は控訴人に対し建物賃貸借にともなう保証金納入約定書に基づき金三〇万円を納入し同約定書中には被控訴人は控訴人に店舗明渡完了時保証金中より金六〇万円の償却を行なうこととの記載があり、明渡し以外には金六〇万円の償却を行なう旨の記載がないけれども、前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第一号証及び前掲証人眞庭一郎の証言によると、右甲第三号証は甲第二号証と一体をなして作成されたものであるが、その後これらの様式を改め甲第一号証、乙第一号証を作成したものであることが認められ、右に当初作成された甲第三号証には右のように明渡以外の場合の償却について言及していないが、これと一体として作成された前掲甲第二号証の契約書の訂正前の文言には「期間満了の際賃貸借物件の償却費」として金員を賃借人において支払うことが定められていたものであり、これが文言は甲第三号証の記載とは別の償却のことが規定されていたものと認むべきであるから、甲第三号証をもつて前記認定を妨げる証拠とすることはできない。またその後に改めて作成された乙一号証にも右甲第三号証と同じく償却の場合を店舗明渡の場合にのみ言及しているけれどもこれと一体をなす甲第一号証は契約更新の場合に更新料を支払うことを定めているのであるから乙第一号証をもつてこれまた前示認定を覆えすに足りない。のみならず、甲第三号証及び乙第一号証にいう償却は差し入れた保証金に対する償却すなわち差引きであり、甲第二号証にいう償却は賃貸借物件の償却であることはその文言上明らかで、これが性質を異にするものであるから、右甲第三号証及び乙第一号証において明渡以外に言及しなかつたからといつて前示認定を妨げるものでないことが明らかである。

(3) 前掲甲第一及び第二号証によると、本件賃貸借の期間は昭和四四年一二月一日から昭和四九年一一月三〇日までであるから、右期間満了後被控訴人において右に締結した賃貸借に基づき使用を継続し、右期間満了によつて賃貸借が終了したものでないことは弁論の全趣旨で明らかであり、契約が更新されたものというべく、これが更新が合意によつたものと認むべき証拠もないので右更新は法定更新の場合に該当するものというべきである。ところで、前掲甲第一及び第二号証には更新は合意ですることができる旨を定めているが、合意がない場合に更新が行なわれず、したがつて借家法二条の法定更新の規定が排除され賃貸借契約が当然に終了し直ちに明渡義務が発生するものと断ぜられないので、本件賃貸借については法定更新が行なわれたものというべきところ、右甲第二号証には右合意更新の定めを受けて「期間満了時」に賃貸借物件の償却費として金六〇万円を支払う旨、甲第一号証には、同じく合意更新の定めを受けて「契約を更新する場合」は更新料として金六〇万円を支払う旨を定めているところから更新料の支払いは合意更新の場合に限るとも解せられる表現を用いているが、更新料の性質上法定更新の場合を除外すべき何らの根拠もないので、法定更新が行なわれた場合にもなお更新料を支払う義務があるものというべきである。

(4) したがつて、被控訴人は控訴人に対し本件賃貸借期間満了にともない契約が更新されたことにより期間満了の日以後約定の更新料金六〇万円を支払う義務がある。

三右によると、控訴人の被控訴人に対し金六〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記載上明らかな昭和五〇年四月五日から支払済みまで民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は理由がある。

したがつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当であるから取消しを免がれず、本件控訴は理由がある。

よつて、原判決を取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴の当事者である控訴人に負担させることとし、なお、仮執行の宣言を付するのを相当と認めて、主文のように判決する。

(西村宏一 舘忠彦 高林克巳)

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